fiend Side Story -瑠鬼-

fiend Side Story -瑠鬼-

 

 

「いい子にしてね」
かつて"母"と呼んでいた人は、そう言うと大きな荷物を手に家を後にした。
鈍い音を立てて閉まる扉。
そういえばいつ帰ってくるのだろう?
早く帰ってくれると嬉しい。
ここにいたってする事もなし、リビングへ向かいテレビをつけた。
録画してあった特撮ヒーロー番組を見ようとしたが、そういえば俺にはどうやって見るのかよくわからない。
とりあえずリモコンをポチポチと適当に押してみたが、なかなかうまくいかなかった。
いい子にしてねと言われた手前、早々にテレビを壊してしまいそうで怖くなった俺は、テレビは母が帰ってきてからにしようと諦めた。
今度はおもちゃの置いてある部屋に行き、怪人ととびきり大好きなヒーローのフィギュアを取り出した。
「まて!そこまでだー!これ以上は俺が許さないぞ!」
ガチャガチャと、ひとり、フィギュアで遊ぶ。
けれど…ひとたびこの遊びが終われば、静まり返っただだっ広い家の中が酷く恐ろしく感じた。
お母さんはまだ帰ってこないのかな。
フィギュアを手に、玄関へ。
うんともすんとも言わぬ扉を前に、そうだ、ここでお母さんを待っていよう。
この扉が開いたら、「おかえりなさい!」と出迎える。
「ただいま」と微笑む母の顔を思い浮かべて、大好きな特撮ヒーローのメインテーマを下手くそに歌っていた。



目を開けると、扉の隙間から夕陽が差し込んでいた。
母の出迎えをしようと、玄関で座って待っていたはずだが…そうか、いつの間にか眠ってしまっていたのか。
もしかしたら、俺が寝ている間に帰ってきたかもしれない。
「おかあさーん」
大きな家の中に、俺の声が響き渡った。
「おかあさーん?」
返事はない。
もしかしたらお母さんも寝ているのかもしれない。
そう思って寝室を覗いてみたが、誰もいない。
リビングを、洗面所を、トイレを、子供部屋を。
家中の部屋を片っ端から見てみたが、やはりどこにもいなかった。
まだ帰っていないのか。
寂しさがこみ上げてきて、どうしようもなく泣きたい気持ちに襲われた。
だけど俺は男だから、こんな事で泣いたりなんかしない。
目を乱暴に擦って、空きっ腹を満たそうとキッチンへ向かった。
いつも朝ご飯に食べているシリアルを見つけると、お皿の上に開けて、牛乳を注いだ。
零さないよう気をつけてテーブルへ運ぶと、両手を合わせて「いただきます!」。
俺はいい子なのだからこのくらいの事は一人でできるのだ。
かき込むように食べ終えると、再び手を合わせて「ごちそうさま」。
使ったお皿は洗わなくてはいけない。
スポンジに洗剤をつけて、お皿を洗う。
普段あまりやらない事で不慣れなものだから、不意に手を滑らせてしまった。
大きな音を立てて落ちたお皿は、見事に割れた。
「…あ。」
まずい、とっさにそう感じた。
怒られる、と。
とにかくどうにかしてこのお皿を隠さなくてはならない。
引き出しから袋を取り出して、慌ててお皿をつかんだ。
瞬間、指先に衝撃が走る。
「いたっ…!」
お皿の破片で、指を切ってしまった。
あまりの痛みに涙が出そうになったが、必死にこらえる。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ…いだぐない…い…いたくない…」
己に言い聞かせて、今度は絆創膏を取りに行った。
震える手で絆創膏をはると、また割ってしまったお皿を片付けるためキッチンに戻った。
今度は気をつけて、慎重に慎重に取り除くと、破片を入れた袋を固く結んで、ゴミ箱の中にポイと捨てた。
これできっと気づかれない。
だけど皿を割ってしまったという罪悪感から、しばらくはキッチンでしゃがみ込み続けていた。
ずっと一人でいると、退屈だし、何よりとても寂しい。
大好きなヒーローのフィギュアを持って、改めて玄関に向かった。
座り込み、扉をじっと見つめる。
数秒後にこの扉が開かれて、母が「ただいま」と、そう言ってくれるのではないかと淡い期待を抱き続ける。
外はすっかり暗くなっていて、電気もつけていなかった玄関が、不気味な静けさと嫌にマッチしている。
もしかしたら寝ている間に帰ってくるかもしれない。
これ以上ここにいたくないと思った俺は、いつもは母と二人で寝ているベッドに入り、そのまま眠りについた。


朝だ。
その日は雨だった。
そうだ、お母さんは?
寝ぼけ眼を擦りながら、母を呼び、家の中を探し回る。
どこにもいなかった。
昨日と同じくシリアルを食べると、玄関に腰掛け、母の帰りを待った。
だけど待てども待てども、「ただいま」と、そう微笑む母の顔は現れなかった。
本日三度目のシリアルを食べ終え、暗くなった玄関をじっと見つめてから、仕方なく床につく。
隣に誰もいない、自分一人では大きすぎるベッドが寂しさを引き立てた。


次の日、ピンポンという音に目を覚ました。
急いでベッドを抜け出して、玄関へ走った。
「おかあさん!!!」
勢いよく開けた扉の先には、知らないおじさんが数人立っていた。
「おっと…危ない危ない。君、雷坂瑠鬼くん?」
誰だろう、この人は。
ただ、怖かった。














これは後から知ったことだが、近所のおばさんが「雷坂さんのとこの奥さんが、この前大きなバッグを持って家を出て行ってね。それ以来まるで見かけないものだからもしかしたらと思って…。」そう言って警察に電話をしたそうだ。
結局、母は帰ってこなかった。
警察の人はどこに行ったのか少しは調べてくれたけど、結局失踪という形で捜索は打ち切られてしまった。
「捨てられたのかねぇ…」「可哀想に」おとなたちが勝手なことを言って、俺にわけのわからない同情を投げかけてきた。
聞こえない。
全部聞こえない。
最後に母が残した言葉だけが、胸に深く刻まれていた。
「いい子にしてね」
親戚という親戚はおらず、俺は孤児院に行くことになった。
孤児院では、大人の人がこう言った。
「今日からここの家族になる、雷坂瑠鬼くんです。瑠鬼くん、みんなと仲良くね。」
俺は元気な声で「はい!」と、そう応えた。

fiend Side Story -空華-

気が付いたら、足元がびっしょり濡れていた。

そういえば、酷く耐え難い臭いがしていた気もする。

とにかくこれを、弟には見せちゃいけないと、そう思った。

それ以外の事は、よく覚えていない。

 

 



fiend   Side Story -空華-

 

 

「くーや!くうやったら!おーきーてー!朝だよ、もう……起きなさいってば!」
相も変わらず寝坊助な弟は、いくら揺さぶっても起きやしない。
こうなっては仕方がないので、無理やり布団を剥いでやる。
そうすると、双子の弟こと闇風空夜は必死に手を伸ばしてわたしから布団を取り戻そうとした。
「う~姉ちゃんふとん……ねむいから……。」
「何言ってるの!早くご飯食べて出ないと、学校遅刻するよ。」
「ええ……がっこ……あ!!」
今日が学校だってこと、すっかり忘れてたみたい。
遅刻するよ、という言葉を耳にするなり、空夜はぱっちりと目を開けて事の深刻さに気付いた。
「ごはん先に食べてるからね。」
そう言って布団を戻し、わたしはリビングへと向かった。
リビングのドアを開けると、焼き立てのパンのいい匂いが鼻をくすぐる。
席に着くとお母さんが目玉焼きの乗ったトーストを出してくれた。
「いつも空夜のこと、起こしてくれてありがとうね。さすが頼れるお姉さん。」
「へへ、どういたしまして!」
お母さんにこうして褒めてもらえるのが、とっても好きだ。
そう、双子といえど私の方がお姉ちゃんなのだから、空夜の面倒はちゃんと見なくちゃいけない。
いつも寝坊するし、ほっとくとボーっとしてて危ないし、目を離せない弟。
わたしがしっかりしていないと、家の中でも学校でも。
トーストをもぐもぐ食べていると、空夜が音を立ててやってきた。
「あら、空夜おはよう。ほら、早く朝ご飯食べなさい。」
「おはよう!も~、姉ちゃんもっと早く起こしてよ!」
「何言ってるの、寝坊してる空夜が悪いんでしょ。」
空夜はもっともな返答にうっと黙り込み、急いで椅子に座ると「いただきます!」、勢いよくトーストを食べ始めた。
そういえば今日は、この前やった算数の小テストが返ってくる。
100点だったらお父さんとお母さんに自慢しよう。
そう思いながら最後の一口を放り込む。
「ごちそうさまでした。」
手を合わせて食器を片付けたところで、ある事に気が付いた。
「あれ?そういえばお父さんは?」
いつもこの時間には、テーブルで新聞を読んでいる父の姿が見当たらない。
「お父さん、今日はおやすみ。まだ寝てるわよ。」
お母さんが少し呆れ気味にそう言った。
「へえ、そうなんだ。あっ、もうこんな時間!空夜行くよ。」
時計を見ると、遅刻ギリギリの時間になっていた。
ちょっと駆け足で行けば間に合うかな、と思いながらランドセルを背負う。
「ごちそうさまでした!!行ってきます!」
空夜も急いでトーストを食べきり、ランドセルをひっつかんだ。
お母さんは、いつも玄関まで見送りに来てくれる。
優しい笑顔で私たちを見て言った。

「行ってらっしゃい。」







小学校からの帰り道、なんとなく足取りが軽い。
今日返ってきた算数の小テスト、ちょっと難しいところだったけれどちゃんと勉強したおかげで満点が取れていた。
家に着いたら、まず初めにお母さんとお父さんに、この事を自慢しようと意気込む。
お母さんもお父さんも、わたしがテストでいい点をとると必ず褒めてくれる。
褒めてくれるのが嬉しいから、勉強はそんなに好きじゃないけど頑張ろうと思える。
すっかりご機嫌なわたしの後ろでは、心なしか暗い面持ちの空夜。
空夜はあんまり点数が良くなかったみたい。
ため息をついている空夜を横目に、ようやく辿り着いた我が家のドアを開けた。
いつもより少しばかり大きな声で「ただいまー!」と家に入る。
すると、お母さんが奥からやってきて「あら、おかえり」って……。
あれ?
いつもならそのはずなんだけど、お母さんが現れるどころか、返事は一向に返ってこない。
靴を脱いでリビングへ。
「おかあさーん?」
だれもいない。
「お母さんいないのかな?」
空夜が言う。
なんだか胸がざわついた。
よくわからないけど、静まり返った我が家に、心臓がどきどきする。
ランドセルを机の上において、テストのプリントを取り出した。
洗面所、いない。
お風呂場、いない。
トイレ、いない。
子ども部屋、いない。
いない。

そうしたら、あとはもうお父さんとお母さんの部屋しかない。
ドアを開けて、一歩。
すると、足がぐっしょりと濡れた。
「わっ!?」
急いで靴下を脱いだ。
くつしたは、あかいろ。

あかいろ?

いや、今日は真っ白な靴下を履いていたはずだ。
一歩。
「お父さん?お母さん?」
足は、さらに濡れた。
暗い室内に、二つの塊を見た。
手に持っていた、さんすうのテストが、ひらりと落ちた。
「ねえちゃーん、いたー?」
弟の声と、階段を上がってくる音が聞こえる。
まずい、そう思った。
これを、見せてはいけない。
顔から血の気が引いていくのを感じる。
目が熱くて、勝手に涙が出てくる。
急いで振り返って、ドアを閉めなきゃ。
そう思い駆けだすと、音を立てて転んでしまった。
顔中にべっとりと、赤黒い液体がつく。
いたい、こわい。
「ねえちゃん?」
こえが、すぐそこにいた。
顔を上げると、くうやが青ざめた顔で私を見ている。
急いで立ち上がって、空夜の顔を隠すみたいに抱きしめた。
「見ちゃダメ!!!だめ、だめだよ。みちゃだめ……だめ……。」
ぎゅっと抱きしめながら、ひたすらそう言った気がする。
涙が止まらなかった。
ただ、ただ怖くて、怖くて、でも、わたしは、お姉ちゃんだから。
しっかりしなくちゃ、いけなくて、くうやは、わたしがまもらなくちゃいけないから。


さんすうのテストは、すっかり赤に染まっていた。





あの日、家に強盗が入った。
強盗と鉢合わせたお父さんとお母さんは、そいつに殺された。
なにも、殺さなくたってよかったじゃないか。
どうして死ななくちゃいけなかったんだろう。
悪い事、何にもしてなかったのに。
どうしてなんだろう。
犯人はまだ捕まっていない。
何にも悪い事してないお父さんとお母さんが死んで、とびきり悪い事をしたやつが、のうのうと生きてる。
許せなかった。
警察の人に、いろんな事を訊かれた。
いろんな事を訊いたのに、どうしてまだ捕まってないんだろう。
警察って、悪い人を懲らしめるためにいるんじゃないの?
悪い人を捕まえて、懲らしめてくれる、正義のヒーローなんじゃないの。
お父さんとお母さんは、なんで死ななくちゃいけなかったの。
なんで、犯人は生きてるの。
そんなことしか考えられなかった。
「なんで、はんにんは生きてるんだろう。」
言葉が漏れた。
隣にいた空夜が、かすれた声で返事をくれた。
「悪いことした人は、ちゃんと罰を受けなきゃいけないと思う。」
もっともだ。
その通りだと思う。
「でも、僕たち子どもだし、何にもできないね。」
泣きそうな声だった。
悔しそうな声だった。
でも、だけど。
「大人だって、何にもできてないよ。」
酷く、酷く、腹が立っている。
こんなに怒ったのは、初めての事だ。
だっておかしい。
あんまりにも理不尽だ。
ついこの間まで、優しい声で、優しい笑顔で、私たちを見送ってくれたお母さんが。
いつも、笑って遊んでくれたお父さんが。
どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないんだろう。
憎らしかった。
こんな事をした犯人が。
何もしてくれないけいさつのひとが。
誰も助けてくれない。
誰も何もしてくれない。
憎らしかった。
ぜんぶ、ぜんぶ憎らしかった。
こんな世界、無くなってしまえばいいって、そう思った。



突然、頭の中に何かが入ってきたような感覚に襲われる。
たくさんの情報が流れてきた。
「殲滅陣営への参加が可能です。」
しばらくして無機質な声が、頭の中で響いた。
あの時、ちらっと知らない文字が見えたような気がする。
そう、確か。



fiend 第6章 後編 -下-

今日は筆が進む。

ハッピーエンドが似合うだろうか、それともバッドエンドで終わらせた方が良いだろうか?

まだまだ先の結末に思いを巡らせ、今日も物語を紡いでいく。

私だけの


fiend 第6章 後編 -下—

「そこにいて、連れてくるわ。」
辿り着いたのは、どこにでもありそうな平凡な一軒家だった。
少し汚れた表札には”闇風”と、そう書かれている。
家主の彼女は黒い髪を靡かせて、ドアの奥へと消えていった。
心臓の音だけが、やけにうるさい。
正直、この状況下で自分に出来ることとは一体何なのか、雷坂瑠鬼はてんで思いつかなかった。
どうして姫鬼が怒ったのか、あんなにも寂しそうな顔で泣いたのか。
どうして静鬼が咽び泣いたのか、真鬼と何について話していたのかさえよく分かっていなかった。
ただ、彼女たちの間で何かかしらの複雑な感情のやりとりがあったのだと。
そういう事しか理解できていなかった。
鈍く重苦しい雰囲気に、自分の居場所が上手く見つけられない。
今日という日は戸惑ってばかりである。
だけど、だからと言って「俺はこれで」等と席を外していいわけもなく。
こうして、何をしていいのかもわからずに立ち尽くし、ハラハラと彼女たちを見守る事しかできないのだ。
むしろ、それをしなくてはならないような気もする。
それをする事こそが自分にできるただ一つの役割であり、同時に果たすべき役目であるのだと、確証はないがそう思った。
己の無力さについてしっかり理解したところで、ガチャリと音がする。
先ほど屋内へ消えた彼女は何も言わずにただドアを開け、冷たい視線だけをこちらに寄越した。
まるで「後は勝手にやっていろ。」とでも言うかのように。
空夜と姫鬼を外に出し、黙って扉に寄り掛かった。
沈黙の中、最初に口を開いたのは静鬼だった。
「場所、移動しない?」
空夜の後ろで、ただ下を向いている姫鬼は考え事をしているのか、はたまた何も考えていないのか。
無言、その一つだった。
何を思ったのか、静鬼の言葉に答えたのは空夜だった。
「そうですね!じゃあ、とりあえずいつもの所行きましょうか!何するにもとりあえずあそこですよね。」
この空気の中で出せるような声じゃねえだろ。
ついそう口走りそうになる程、こいつだけが元気だった。
元気だったというよりも、そういう声を出すべきだと判断したのだろう。
誰も彼に言葉を返さないまま、”いつもの場所”へ向かって歩き出した。


どうして追いかけてくるのだろう。
いや、考えてみればそうなる事も予測はできた。
できたがそんな事を考えられるほどの余裕もなく、ただ虚無感とばかり相対していた。
帰ってきた空華に「お客様よ。表へ出て。」と、そう告げられてようやくその考えに行きついた。
そうだ、そういう奴らだ。
私に何と声をかけるのだろう。
ごめんなさい、と謝るのだろうか。
はたまた何もわからないという顔で見当違いの説得をしだすのか。
帰って来て等と言われたら、私は何と答えるだろう。
そこに戻って、私が得られるものとは一体何だ。
ついぞ想い人の隣に立てなかった惨めさと、それを延々と考え込む己の惨めさと、眩しい笑顔を妬み続けるどうしようもない心の惨めさと。
惨め、惨めだ。
そんな惨めな人生に一体何の価値があるだろう。
誰よりも、自分自身に腹が立っている。
外に出ても、顔さえ見られなかった。
誰かが、何か言った気がした。
どうしようもなく、ぐちゃぐちゃな問題文に出ない答えを延々と探し続けていた。
何を考えているのかも分からない。
自分は何について悩み、頭を回転させているのだろうか。
「そうですね!じゃあ、とりあえずいつもの所行きましょうか!何するにもとりあえずあそこですよね。」
この声ははっきり聞こえた。
誰の…そうだ、空夜だ。
あそことはどこだろう。
いつもの所。
そうか、そうだ。
あの綺麗で優しい友人に、先刻怒声を投げつけたあの場所だ。
そうか、そこへ戻るのか。
みんなが進むから、もう何も考えずにただついて行こうと思った。
数歩歩くと、また声が聞こえた。
「俺は、どんなに辛くたってこれだけは中途半端に終わらせていい問題だとは思わない。ちゃんと話し合うなり何なりして、その先でやっぱり俺たちの所に居たいって言うんだったら、俺は歓迎するよ。」
私だけに向けられたセリフだ。
そう思った。
よく分からないけれど、きっととても優しい言葉だと思った。
それでも、今は何も考えずに下だけを見て、機械的に足を動かしたいと思った。


————気づけば、目の前に綺麗な水色が立っていた。
目が眩むほど、綺麗な水色だった。
余りに綺麗で、見たくなどなかった。
見れば苛立ちが。
憎しみが。
妬みが。
悲しみが。
苦しみが。
喉の奥からせり上がってくるから。

綺麗な水色が、その口を開いた。



”いつもの場所”につくと、気を利かせたのか、私と姫鬼ちゃんを置いて他の皆はそっと遠ざかった。
言いたいことはたくさんある。
だけど、いっぱいいっぱいで、上手くまとめられない。
なんて言えばいいだろう。
姫鬼ちゃんに、今私が言えることってなんだろう。
今私ができることって何だろう。
一際大きく息を吸って、思い切り吐き出した。
そうして浮かんだ選択肢を、迷わず選び取る。
「姫鬼ちゃん。」
右手に力を込めた。
手慣れたしぐさで、いつも使っている剣を作り出す。
ひんやりとした冷たい空気が、手に、身体に伝わる。
「ごめんなさいって謝っても、どうしようもないことは分かってる。だけど言わせて、ごめんなさい。」
言っても仕方ないかもしれない、けれど言うべきだと思った。
作ったばかりの剣の柄をぎゅっと握りしめて、前へ掲げる。
見せつけるみたいに。
「いろいろ考えてたんだけど、言葉じゃ上手く言えなくて…。だから”これ”でどう?」
俯いていた彼女はその言葉を耳にして、ようやく顔をあげた。
私の言いたいことを理解してくれたようで、何とも言えない苦い顔で声をあげた。
「…本気で言ってるの?別にいいけど、手加減とかできねえよ。」
心臓が、鼓動が早くなる。
より強く、柄を握りしめた。
「手加減なら、私だってしないよ。だから、私が勝ったらもう一度…。」
躊躇いだった。
私がこんなこと言っていいのかな。
言ってもいいのかな。
「もう一度…。」
声が弱まる。
何よ、ここまで来て怖気づくっていうの?
しっかりしなさいよ静鬼。
息を吸って。
「もう一度、一緒に歩こう!!!!私の隣で、一緒に歩いて、欲しいの…わがままかもしれないけど…!」
正直自分が何を言っているのか、言った端からすべて忘れてしまってよくわからない。
よくわからないけど、これが私の精一杯だ。
幼馴染を、いつも隣にいた大切な友達を、目頭が熱くなるのも無視してじっと見つめた。
少しだけ、目を見開いたように見えた。
しばらくして、また俯いて、今度は、顔に腕をこすりつけてて。
鼻をすすりながら、太ももの拳銃を引き抜いた。
よくわからないけど、残弾を確認するみたいな仕草を取ってから、くるりと回して二丁の拳銃を握りしめた。
「もしも負けたら、な。」
そう歪に笑うと、乾いた空に銃声が響き渡った。


笑える。
笑えるとか、もうそういう次元じゃない気がする。
よりにもよって、隣で歩けだって?
人の気持ちも知らないで勝手な事ばっかり。
ずっと昔、そんなこいつの事が、大切でたまらなかった気がする。
守らなくちゃって、もがいてた気がする。
顔が熱い。
走って、走って、撃って、避けて、走って、跳んで、撃って、走って、走って。
疲れる、息が苦しい。
だけど走るたびに、撃つたびに、跳ぶたびに、心が躍った。
消えてしまいたいと、切に願った数分前が夢のようだった。
ただただ、勝ちたいと、目の前の綺麗な水色に勝ちたいと。
それだけが足を動かした。
今ばかりはそれ以外、何もなかった。
惨めな気持ちとか、どうしようもない苦しさとか、綺麗さっぱり薄れてて、ただ目の前の水色に勝つことだけ。
ああ、なんだかんだ言って好きなんだ。
心の鬼が笑っているのが分かる。
これこそ求めていたものなんだと。
お世辞にも綺麗とは言えないけれど、これこそが己が本性なのだと語りかけてくる。
野性的で本能的な部分で、今の状況を楽しんでいる自分がいる。
もっと速く、もっと強く。
硝煙の匂いが嫌いじゃなかった。
響く金属音が嫌いじゃなかった。
相手の力んだ時の息遣いとか、乱れた呼吸を感じるのが嫌いじゃなかった。
いつまでも続けられたらと思うほどに。
水色の笑顔が見える。
きっと彼女も同じなのだろう。
心の鬼が言っているはずだ、楽しいだろうと。
だって同じなんだから。
彼女も、私も、同じ部類の人間なんだから。



音を立てて、彼女の真横の床に思い切り剣を突き立てた。
馬乗りになって、ようやく、ようやく捕まえたと、そういう笑みが零れた。
「はあ…はあ…、私の…勝ちだ…ね。」
途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
赤色も、限界みたいにただ酸素を求めて息を吸っていた。
二人、息が整ってきたところで、再び声をかけた。
「ねえ、姫鬼ちゃん。私ね、本当はどこかで分かってたんだ。それでも、傷つきたくなくて、気づかないふりしてた。最低だと思う。応援してくれてるって、そう思い込み続けて、ずっと姫鬼ちゃんの想い踏みにじってたんだ。最低だよね。だけど、だけど信じてほしい。姫鬼ちゃんのこと、世界で一番大好き。誰よりも素敵な人だよ。私の、私の大好きなお友達なんだ。ずっと傍にいてくれた。私の為に色んなことしてくれた。何発殴られたって良いよ、だけど、だけどそれでも、最後には私の傍にいてほしい。姫鬼ちゃんだから、傍に、隣に、いてほしいんだよ…。」
自分が嫌で仕方なくて、途中から涙が止まらなかった。
目の前にいる大好きな友人の顔が上手く見えなくなるほど、涙が溢れて止まらなかった。
最低な事しか言えない、最低な自分が大嫌いだ。
どんな顔をしているだろう。
私の大好きな赤色は、どんな顔で私を見ているのだろう。
なんと言われても、罵りだって受け止める覚悟はあった。
それでも怖くてたまらない。
突然、胸元を掴まれて、頭に衝撃が走る。
それが頭突きだと理解するのに、数秒を要した。
「い、いたい…え?え?」
いや、もちろん殴られてもいいとは言ったが突然頭突きされるなんて思ってもみなかった。
予想外も予想外で間抜けな声が漏れてしまった。
「違えよ…違えんだよ。私が、私が弱かっただけだ。」
頭突きをくれた本人が口を開く。
声は震えていた。
「怖かったんだ。分かってたから、砕けるの覚悟で当たったりできなかった。私が、こんな気持ちちゃんと閉じ込めてりゃ何も起こらずに済むと思った。だけど、やっぱりどうしようもなくて、結局こんな形で爆発しちまって。」
次第に嗚咽が混じっていく。
「お前の事傷つけたくなかったんだ。大切だから、守りたいと思ってた。なのに、弱くて、結局、傷つけて。駄目だなぁ…こんなんじゃ駄目だなぁ…。」
手で、目を覆っているのが分かった。
一生懸命、息を整えて、絞り出すように言った。
「もう一回、お前の隣に立てるかな…立ってもいいのかな。」
落ち着きかけていた熱が、勢いよく燃え上がった。
目頭が、熱くて熱くて仕方がない。
ぼろぼろと際限なく涙が零れる。
枯れた声で、精一杯言葉を返す。
「いい、いいよ。一緒にいたい。隣にいたい。隣にいてほしい。お願いだよ。もう一度一緒に、一緒に頑張ろうよ。頑張りたいよ…。」
彼女の上で、思わずうずくまって泣いてしまう。
二人の泣き声だけが響いた。
今まで溜めてきた行き場のなかった感情を消化するみたいに、ひたすらに泣きじゃくった。



涙が収まった頃には、すっかり目が腫れていた。
数時間前に聞こえた無機質な声が、またもや脳に響いた。
「陣営選択が可能です。殲滅陣営にとどまる場合は"はい"、守備陣営へ移行する場合は"いいえ"とお答えください。」
静かに、わずかな緊張感をもって回答を呟く。
「…いいえ。」
「プレイヤー名、炎華姫鬼。殲滅陣営から守備陣営に移行しました。」
勝手に爆発して、半ば強引に引き戻されて、なんだったんだろうこの数時間は…と。
そう思ってしまうほど元の場所に戻る手順はあっけない。
少し離れた所に、瑠鬼と真鬼を見つけた。
「静鬼…ちょっと瑠鬼借りるな。」
そう告げて、瑠鬼の元へ歩き出した。
真鬼が、心なしか不安げな顔で、私に話しかける。
「あの…姫鬼。黙ってみている事しかできなくて、私。…私からも謝らせてください。ごめんなさい。」
真面目な彼女らしい言葉だと、そう思った。
フッと笑って、頭を軽く撫でた。
「心配かけてごめんな…いいんだ、お前は何も悪くないさ。」
私の顔を泣きそうな目で見つめて、今度はこう言った。
「…おかえりなさい。おかえりなさい、姫鬼。」
そう言われれば、今度はこっちの涙腺が刺激されてしまう。
先ほど十分すぎるほど泣いたばかりだというのに、参った。
「…ただいま。」
そのやり取りを横で見ていた瑠鬼が、言いにくそうに口を開く。
「あ、あの…姫鬼。」
きっとこいつだけが何もわかっていないんだろうな。
瑠鬼の手をぐっと掴む。
「話があるんだ。ここじゃない所で、少し付き合ってくれ。」
瑠鬼が「あ、ああ」と言う前にその手を引いて、この場所から少し離れた場所へ移るために歩を進めた。


あの場から離れたのは良いが、今一度自分の状況を考えてみれば酷いものだった。
「ああ…今すっげえ目腫れてる…不細工だ…。」
思わずそう呟いてしまう。
今からすることを考えれば、できればもう少し綺麗な顔で挑みたかったものだ。
結果はわかっていても、どうしてもそう思ってしまう。
後ろにいる瑠鬼が何か言おうとしているのだと察して思わず静止した。
「待て、何も言うな。その、いいか、ちゃんと言う。ちゃんと言うから。待っててくれ。」
私が何を言い出そうとしているのか全くもって予想がついていないであろう瑠鬼は、きょとんとした顔でとりあえず頷いた。
人生でこんな事をするのはこれが初めてだ。
何度も深く息を吸っては吐き出した。
心臓がうるさくてうるさくて仕方ない。
言わなくては、言わなくてはと思い、ぐっと手を握りしめた。
そしてようやく。
「ずっと………好きだったんだ!そう、その、恋愛的な意味で。お前の事が、好きだったんだ。」
恥ずかしくて仕方ない。
顔が真っ赤になっているのがはっきりわかる。
恥ずかしいのももちろんだが、それ以上にどんな言葉が返ってくるのか、すごく怖い。
早まる鼓動を嫌でも感じる。
こいつの顔なんて見れるはずもなく、地面だけが目の前にある。
早く何か言えと、沈黙に耐え切れずそう思ってしまう自分もいる。
ああ、だけど怖い。
振られることはわかっている。
振られるその瞬間がたまらなく怖い。
はやく、はやくとどめを刺してほしい。
随分と時間が経ったように感じる。
ようやく、瑠鬼が言葉を返してくれた。
「そっ……かぁ……おう…そっか…。あ、あり…がとう。」
なんだそのたどたどしい言葉は…余計に緊張が高まるからやめろ…。
「おう、その、すごく嬉しい…本当に。でも、あの、うん。俺は姫鬼の…その、気持ちには応えられない…ごめん。」
わかってた。
わかってたさ。
だけど、こう実際に言われるとやっぱり。
「あっはははは!うん、分かってるよ。ありがとう。帰ろう!色々ごめんな。明日からはいつも通りになるからさ、うん。…あんまり気にすんなよ。」
瑠鬼を軽く叩いて、そう言った。
駄目だ、また泣きそうだ。
零れそうな涙を必死に食い止める。
そんな私を知ってか知らずか、瑠鬼は、私の両肩をぐっと掴んだ。
掴んで、今まで見たことないくらい真剣にこう言った。
「俺、静鬼の事絶対に幸せにするから。約束する。」
やっぱり無理そうだ。
涙って止めようと思って止められるものでもないな。
「なんだそれ…。告白してきたやつにいう事かよ…。ああ、しろよ、絶対にしろよ。幸せにしろ。静鬼のこと、泣かすんじゃねえぞ。」
力強い答えが返ってきた。

「ああ。」







その後、帰ろうとしている空夜を見つけて駆け寄った。
「あの、ありがとな。本当に短い間だったけど、めちゃくちゃ世話になった。ごめんな、私やっぱりあっちに戻るわ。」
空夜は笑ってこう言った。
「別にいいよ。お前がいなくたって全然問題ねえし。戻ったこと、後悔したって知らねえぞ。」
心底、こいつはアホみたいに優しい人間なんだと理解した。
敵であることが悲しくなるほど。



to be continue....?
********************************
あとがき
あの、本当に、更新が遅くて、申し訳ないんですけれども、これでやっと6章は終わりです。
まだまだ先は長いんですけど、できるだけ早くすべてを出力しきれるよう頑張ります。
出力しなくちゃ出力しなくちゃと思って焦って書いたので急いでる文になってる気がします。
もしかしたら今度なおすかもしれなくもなくもないです。
お粗末様でした。

fiend 第6章 後編-上-

私はあの時、何と声をかけてあげられただろう。

私はあの時、どうするべきだったんだろう。

私はもう、戻れない。


fiend 第6章 後編-上-

息が苦しかった。
呼吸の仕方を忘れたみたいに、上手く吸えなくて。
正直な話、最初は何が起こったのか分からなかった。
一撃まともに食らっちゃって、その場に倒れこんだ。
そしたら真希ちゃんが大きな声で私の名前を呼んだ。
すぐに応急処置をしてくれて、そしたらるーくんも、走って私のもとに来てくれた。
体が感覚を取り戻して、周りに目をやると、見慣れた赤色が立ち尽くしていた。
思えばあの時、彼女の肩は震えていたかもしれない。
声は、少し枯れていたような気がする。
潤んだ瞳で、私を真っ直ぐ見てた。
言葉を叫んで、想いを吐いた。
ずっとずっと溜め込んでいたものを、口から零した。

何を言っているのか分からなかった。
何を言われたのか分からなかった。
分からなかった。

そうして最後は不器用に笑って、今まで見せたことのない涙を、たくさん。

たくさん流してた。



「はい、お茶。」
男子高生らしい低めの声が、湯気の立ったコップを渡してくれた。
少しぼーっとした後、やっと「ありがとう」と言葉を話せた。
声が聞こえなかったとかそういう訳ではなく、彼が私に”コップを渡してくれた”という事を認識できていなかった。
まるで映画でも見ているかのような気分で、自分には関係のない事柄なような、そんな感覚。
コップの中にある暖かな液体を、じっと見つめる。
「…結構片付いてんだ。いやまあ、あいつが居るんだしそんなもんか。」
コップの中に視線を落としながら、独り言のように呟いた。
「失礼な、言っておくけど姉ちゃんより俺の方が綺麗好きだし。ていうか、俺が掃除してるんだからな」
私の言ったことが少し気に障ったようだ。
不満げな声で、軽く怒られてしまった。
「ん、ごめん。お前が片付けてんだ…なんか意外かも。」
部屋の掃除をしている空夜を想像すると、笑いが零れた。
想像してみると、なんだか掃除機とか…たわしとかが似合うような気がする。
「なんだ、笑えるんじゃん。死にそうなくらい落ち込んでるから、どうしようかと思った。」
ほっとしたように、柔らかく微笑みかけてくれる。
その顔に、冷えた心も少しだけ温かさを取り戻した。
「心配してくれてたんだ。ごめん、いろいろと。」
「別にいいけどさ。今日から晴れてお仲間なわけだし、とりあえず…いらっしゃい?」
首をかしげつつ、穏やかな声音で歓迎の言葉を与えてくれた。
「あー…ありがと。…お邪魔します。」
本当にこれでよかったのだろうか。
心の中で、「あーあ」なんて言ってる自分がいる。
何にしても、もう引き戻せない。



あの時、それは現れた。
最初から分かっていたみたいに。
待ってましたとでもいうかのような、そんなタイミングで。
目の前に、そう、文字通り目の前に。
そして頭の中で機械みたいに冷たい声が響いた。
「条件が満たされました。陣営選択が可能です。守備陣営にとどまる場合は"はい"、殲滅陣営へ移行する場合は"いいえ"とお答えください。」
この時ちょっとだけ、躊躇いはあった。
けれど、"はい"と答えるには少し。
いや、かなり。
荒れた心にそんな余裕はなかった。
全てが憎らしかった。
全てが妬ましかった。
だけど、喉に何かが詰まってるみたいな感覚があったから。
掠れた声しか出せなかった。
掠れた声で、「いいえ」を零した。
簡単だと思った。
世界の運命を変える選択にしては、余りにもあっけない。
こんなにも簡単に、あっちに行ったりこっちに行ったり、そういう事が出来てしまう。
でもきっと、もう戻れない。
私が戻りたくなったって、戻る場所なら今壊した。
この口で、この声で、この心で。
唖然とした顔が、目の前にある。
しっかり見えてるさ。
大好きだった、大好きで、大切だったひとたち。
さようなら。



水流静鬼は焦っていた。
顔は青白く、冷や汗が頬を伝っている。
分からなかった。
いや、分からないでいたかった。
本当は分かっていた。
心のどこかで分かっていたのに、幸せを壊したくなくて、知らないふりをした。
目を背けた責任は、何倍にもなって彼女にのしかかる。
体を震わせて、涙を流して、「ごめんなさい」とか、「私のせいで」とか、そういう事をずっと、呟き続けていた。
目を背けていたのは、私も同じだ。
時の流れなんて、不確かなものに任せた。
気づいていながら目を伏せていたのは、私も同じだ。
私達は、償う必要がある。
彼女にすべてを押し付けた、その代償を支払う必要があるんだ。
泣いて、震えて、呟いていたって、何も変わらない。
一歩を踏み出した。
震えた手で、震えた体を抱きしめた。
いたたまれない彼女の姿。
これ以上は、見ることだって辛い。
「…だけど、姫鬼はもっと辛いから。」
小さく、だけどしっかりと声に出した。
「姫鬼が耐えてくれれば、争いごとにもならず、事は収まるって思ってました。一時の恋愛感情なんて、いつかは薄れるって。」
呻くような泣き声が、少しだけ大きくなる。
「”いつか”なんて、ただの甘えだった。ちゃんと、向き合わなくちゃいけなかったんです。」
嗚咽が聞こえる。
「こんな、自分勝手な感情を押し付けた。その罪は、ちゃんと支払わなくちゃ。姫鬼、きっと泣いてる。」
肩が濡れる。泣き声はどんどん大きくなっていく。
「本当は姫鬼だって、こんな事がしたかったわけじゃない…そうに決まってる。本当にこれでいいんですか、こんな風に別れていいんですか。」
少しだけ声を荒げた。
「ちゃんと向き合って、お互いに言いたいこととか…そういうの、なんかよく分かりませんけど、話し合わなくていいんですか。」
上手く言葉が紡げなくて、涙が滲んでくる。
私の背中を、細い腕が、ぎゅっと掴んだ。
強く、強く掴んで、息を吸った。
「よくない」
小さく呟いて、もう一度息を吸う。
「いいわけない!!!!」
今度は大きな声で、大粒の涙をぼろぼろ零しながら、思い切り叫んだ。
「…いいわけないじゃん、そんなのあってたまるか。私、私本当はなんとなく気が付いてたの。でも、全部が上手くいってて、幸せだった。壊れるのが怖くて、怖くて、だから何も言えなかった。姫鬼ちゃんが耐えてるの、分かってたはずなのに。こわかった、こわかったから…馬鹿だ、最低だ、わたし、私酷いことした。応援してくれてるって思って、甘えてた…。謝りたい、ごめんねって言いたい。ちゃんと、ちゃんと面と向かって、謝りたい!!」
お世辞にも、今の彼女の顔は綺麗とはいいがたいだろう。
それでも彼女の弱さが、人間らしさが、痛いほど心に刺さった。
そういうところはやっぱり、とっても綺麗な人なのだと思う。
強く抱きしめ返す。
「取り戻そう。これはやっぱり、自分勝手な思いかもしれませんけど、でも、こんなのってないです。会って、謝って、もしも、もしも許してくれるのならば、もう一度…!」
こんなのは感情の押し付けだ。
分かってる。
でも、姫鬼は一生懸命頑張ってたに違いない。
大切だから、我慢しようとしたんだと思う。
自分が耐えれば、そう思って身を引こうとしてくれてた。
きっと、自分の色んな感情と必死に戦ってくれてた。
一方的な押し付けだとしても、今まで見て見ぬふりをし続けてきた分、今度は、彼女に何かを伝えなくてはいけないと思う。
こんなすれ違いの想いに何の意味があるだろう。
お互いに、誰もいない場所へ、ボールを投げ続けているみたい。
そんなのはもう御免だ。

「瑠鬼、あいつらの家、どこか分かりますか?」
抱きしめていた腕をそっと引いて、ずっと立ち尽くしていた黄色の彼に声をかける。
「へっ!?あ、えっと、ごめん…わかんない…。」
まあ期待はしていなかったけれど、でもこれじゃ会う事も出来ない。
「そこらを歩いているとは思えないし…自宅に帰ったとも思えない。やっぱりあのアホ毛の家だと思うけど…場所が分からなくちゃ意味ないですね。」
顎に手を当て、どうしたものかと考える。
行き詰ったと感じていたその時、彼女は現れた。
すっかり油断していた…よく考えればこっちは弱ってるわけだし狙うのは当然だったか。
慌てて杖を構えた。
「そう警戒しないで頂戴。別に戦おうってわけじゃないわよ。むしろ、あんた達を助けてあげようっていう優しい心意気で、ここにいるんだけど。」
予想外の人物が、これまた予想外の言葉を発した。
助ける、今彼女は、闇風空華はそう言った。
「どういうつもりだ。」と、私が言おうとした時、それよりも早く黄色の彼に同じセリフを吐かれてしまった。
大きな背中が、私と静鬼の前に立った。
まるで庇うみたいに。
「どうもこうも、会わせてあげるって話よ。」
笑うような声。
「そんなこと、する義理ないだろ。怪しいにもほどがある。」
力強く、黄色はそう言った。
「義理?そうね、義理はないわ。」
次の瞬間、彼女は酷く不満そうな顔で私たちを睨み付けた。
「ただね、すっごく迷惑なの。」
吐き捨てるような、そんな言い方。
「空夜は…優しいのよ。余りにあの子が可哀想だから、逃げ道を用意してあげちゃったの。だけどね、私は迷惑。迷惑極まりないわ。いつ裏切るともわからないやつを、今更仲間にですって?冗談じゃないわ。だから、そっちがその気なら返すって言ってるの。わかる?何だったら殺したっていいけど、どうするの?」
酷い言い草ではあるが、その言葉に偽りは感じなかった。
そう確信できるほどに、彼女は心底迷惑そうに言ったから。
「だったら案内して。私だって空華ちゃんのところに、姫鬼ちゃんはあげられない。さっさと連れて行ってよ。」
さっきまで泣きわめいていた水色は、腫れた目で空華を睨み付け、そう言い放った。
「…ついてきて。」
明らかに苛立った顔で水色を睨み返しながら、一言だけ残してすたすたと歩きだした。
そして誰よりも早く、水色はその背を追いかけた。




to be continue.....?
*********************
あとがき
まずは本当に、本当にごめんなさい。
収まりませんでした。
おさま、収まらなかったって言うか、キリがいいからとりあえずここで区切りました。
もしも更新待っていた方がいましたら、遅くなったことと、次回もまた遥か遠いいつかの更新になるであろうことを謝罪いたします。
次回、次回は、6章を終わらせてみせます…勘弁してください。

fiend 第6章 中編

「私…私ね、るーくんのこと…」



fiend 第6章 中編

砂埃が目を眩ませる。
今日はいつにも増して気分が乗らない。
そのせいか、両手に握った拳銃もずっと重く感じる。
空華や空夜と戦っている時って…こんなに気怠かったかな。
暗闇の中、冷えた空気を裂いて走る。
時折後ろから、鋭い鎌がやってくるけれど。
跳んだり、屈んだりするだけで避けられる、こんなの大したことない。
でも私は、どうして今、こんな事をしているんだろう。
この行動に何の意味があるんだろう。
この争いに何の意味があるんだろう。
しばらく考えていると、一つ思い出した。
そう、世界を救うため。
世界を救うために、私は今こんなことをしているのだ。
じゃあ、どうして私は世界を救いたいんだろう。
救ってどうなるんだろう。
誰かが私に頼んだか。
いいや、そんな事ない。
私はただ、大好きな友達と過ごす楽しい時間を守りたいだけ。
ただそれだけで…。
さっきまでせわしなく動いていた足が、不意に止まった。
大好きな友達。
誰だっけ。
大好きな、友達。
あ、そうだ、水色の、とても綺麗な水色の。

消えてしまえばいいのに。

…今、何を考えた?
大好きな友達を、彼女の事を、何と言った?
自分の思考に戸惑っていた時だった。
後ろから、聞きなれた緑の声が聞こえた。
「静鬼!!!」
振り返ると、水色の彼女が地に横たわっていた。
緑色の少女が、急いで治療を始める。
私も行かなくちゃ…。
「しず…」
彼女の名前を口ずさみ、駆け寄ろうとしたその瞬間。
ほぼ同時に、私の肩に何かがぶつかった。
「静鬼っ!!!!!!」
彼は、私の、私が、大好きな。
ずっとずっと、心の奥で、恋い焦がれてきた…黄色の。
眩しい黄色の男の子。
彼が、私の肩にぶつかっておきながらも、なりふり構わず水色の彼女のその名を叫び、走っていく。
踏み出した足は止まっていた。
開いた口は塞がらなかった。
そっか。
なんだ、やっぱりそうじゃないか。
やっぱり、やっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱり。
私の恋は、叶わなくて。
黄色の彼は、水色の彼女を。
わかってたはずなのに、頬を冷たい雫が伝っていく。
こんな世界なら。
こんな、世界なら。
「…守る必要なんて、どこにもないじゃん。」
誰にも聞こえないくらい小さな声で、そう呟いた。
やっと、自分が解放されたような気がする。
言いたいこと全部飲み込んで、伝えたい気持ち全部押し殺して。
そんな、窮屈な私の世界を叩き割ってやった。
そう思うとなんだか面白く思えてきて、笑いが零れだす。
私が守りたいものはとっくに壊れていたんだと、理解してしまった。
肩が震える。
ああ、きっと今の私は滑稽なんだろう。
そうなんだろう。
越えまいと決めていたその一線をいとも容易く飛び越えた私を、上で眺めて笑っている奴がいる。
全部全部思い通り。
でも、それでももう戻れない。
一度壊してしまえばそれは簡単に崩れた。
胸の内に残るのは恨みとか、憎しみとか、そんな嫌になるほどまっ黒い感情だけで。
自分がいかに醜い生き物なのかがよく分かる。
「ひ…め……ちゃ…」
聞きなれた耳障りな声。
起き上がらないでくれ。
そこで、ずっと寝ていればいいのに。
私を呼ぶな。
その声で、その顔で、私のことを。
「ひめ…き…ちゃ…」
虫唾が走る。
「うるさい!!!!!!!!」
とめどなく溢れる。
「たくさんの人に愛されて、こんな場所に身を投じていてもなお、そんなにも多くの幸せに囲まれて。」


「そんなに…」
止まらない、止められない。
「そんなにいっぱい持ってるなら…」
いいや、止める必要なんてどこにもない。

「その幸せ一個くらい、私に分けてくれよ…。」
顔がゆがむ。
今私は笑っているのか。
そうか。
それはとても、



「姫鬼ちゃん…。」












愉快なことだ。


大好きなともだち。
大好きなあの子。
ずっとずっと一緒に、いつまでも。
あなたがいたから、今の私がいる。
あなたが支えてくれたから、いっぱい頑張れた。
燃えるように赤く、凛々しく美しい。
そんなあなたと共に、いつまでも走っていられたら。
それはとても…
「うるさい!!!!!!!!」
彼女が、そんな彼女が。
「たくさんの人に愛されて、こんな場所に身を投じていてもなお、そんなにも多くの幸せに囲まれて。」
何を言っているの。
だってそれは、あなたがいたからこそ、あなたがいたからこその。
「そんなにいっぱい持ってるなら…」
この幸せは、この、しあわせは…。
「その幸せ一個くらい、私に分けてくれよ…。」
違う、違う違う違う…あなたがいたから今ここに私がいる。
あなたがいたから私は幸せなの。
あなたに何か不快な思いをさせてしまったの?
何が悪かったの?
言ってくれないと分からないよ。
何を謝ればいいの?
何をあげればいいの?
どうしてそんなに、泣いているの…。


なんとなく分かっていた。
彼を見る彼女の目は、少なからず彼に熱を注いでいたことを。
そしてそれを、表に出さぬようにと抑えていたことも。
私には何もできなかった。
生まれてこの方、一度として恋というものをせずに生きてきた。
愛を知らずに生きてきた。
もう一人の彼女が、彼とは所謂相思相愛である事は誰の目からも一目瞭然。
確かに、あの美しい赤色が哀れだとは思っていた。
それでも、それが彼女の選んだ道なのであれば、それは私がどうこう言うようなことではない。
事が落ち着くまで、私は黙って見守っていればいい。
全ては時が解決してくれる。
彼女の心の傷も、時が経てば癒えるだろう

そう、思っていたのに。

人間は機械ではない。
自分の気持ちに嘘をつくことが、どれほど難しいことなのか。
私はそれを知っていた。
辛く、苦しい。
逃げ場があるなら誰もがそこへ駆け込むに決まっている。
でも彼女に逃げ場なんてなかった。
後ろには何もなかった。
だからずっと、抱えてきたんだ。
今の今まで。
あの人は強い人だから。
いいや違う。
人は皆弱い生き物なのだ。
例えば、窮地に追い込まれた彼女の後ろに、突如として逃げ道が現れたならば…。
それは確実に。

このゲームのルールは、実の所他チームへ移ることが可能である。
最も、条件さえそろえばの話だが。





to be continue...?
*********************
お久しぶりもお久しぶりです。
待っていた方には本当に申し訳ないほどお待たせしました。
正直今回でこの話は終わらせようと思っていたものの無理でした。
中編にしたはいいものの、次回「後編」とか言って終わらせられるのかどうか自信のほどが…。
時間を見つけて合間合間に続きを書くので気長に待っていてくれたら嬉しいです。
お粗末様でした。
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fiend 第6章 前半

こんな

こんな気持ちに気づいちゃいけないんだ

でもきっとこの先私が取る行動なんかも


全部



fiend 第6章 前半

家からあまり遠くもないこぢんまりとしたカフェで、水色の彼女と、ごく日常的な日曜日を過ごしていた。
この前出された宿題がー…とか、つい最近できた雑貨店がー…とか。
外と違って、温かく心落ち着く店内。
頼んだ紅茶は、いつもの通りおいしかった。
心地よさが体を包む午後。
崩れたのは本当に唐突だった。
もとより彼女の話はコロコロと変わるばかりで、もう慣れてはいたけれど。
不意に頬を赤らめて、どこか、ここにない何かを見つめてこう言った。

「姫鬼ちゃんさ、恋ってしたことある?」
しかしまさか。
私、炎華姫鬼16歳が今までの人生で恋愛経験があるのかと、そう問われるとは思わなかった。
正直言えば、今までそんなことは一度もなかったわけで。
だけど今は少しだけ…。
「私ね、るーくんのこと…好きなの。」
私のよく知っている人物の名前が。
そっと、壊れないように抱きしめるみたいに囁かれる。
けれど驚いたりはしないし「ああ、やっぱりか」なんて納得してしまったあたり、ほぼ”公認”みたいな空気はあったかもしれない。
きっと彼女の言う”るーくん”だって、彼女のことが好きなんだろう。
そんなことぐらい、見ていればすぐに分かる。
お似合いな二人で、そこには”誰か”が入る隙間はない。
誰も入る隙間がない。
まったく、たらたらしてないでさっさとくっ付いてしまえばいいのに。
きっとそうしたら、そうしてくれたら…。
いや、何を考えているんだか。
自嘲の笑みをふっとこぼして、清々しい笑顔で言ってやる。
「いいんじゃない?お似合いだと思うよ。」
水色の彼女はぱっと顔を明るくさせ、興奮気味に食いついてくる。
「えっ本当!?そう思う!?ってやだもう恥ずかしい…。」
私なんかより、ずっとずっと女の子だなって。
こんなかわいい子だったら私も、私だって。
「絶対うまくいくと思うし、いっそ告白しちゃえば?」
「えっえええええええそっそそっ、そんな告白なんて…るーくんと…。」
「いいからいいから。うまくいくって。頑張れ~。」
冷めた紅茶を飲みながら、適当に会話を進める。
「もうっ姫鬼ちゃんからかってる?」
「からかってなんかないよ。あ、そろそろ用事あるからでなきゃ。んじゃ。」
「用事?そんなのあったの?」
「ああ、朝思い出した。悪いけど先に店でるわ。告白頑張ってな。」
あわただしく席を立ち、言うことを述べたら扉へと早歩き。
まだ少し、冷たい空気が頬を撫でた。






消えてなくなってしまえ。

「おはよー姫鬼ちゃん!」
今日も元気な水色は、待ち合わせに3分きっかり遅れてやってきた。
ひょっとしたら、待ち合わせ時刻を間違えてるのはこっちなんじゃないか…?
なんて、たまに思うレベルで、ぴったり3分遅れてくるものだからよくやるよまったく。
「おはよう静鬼。」
あきれた笑顔を落として、学校へと足を踏み出した。
「ねえねえ姫鬼ちゃん。」
「ん?何だ?」
「やっぱり告白とかちょっと恥ずかしいっていうか…どうしたらできるかなあ。」
困っているはずなのに嬉しそうな声。
うつむいているから顔は見れないけれど、きっと彼を思って笑みを零していることだろう。
はやくしろ。
「そりゃあもう、そこは恥ずかしさをぐっと抑えてバッと言えばいいんだよ。」
「なにそれ~擬音多いぞー!」
はやくしろ。
「大丈夫。絶対上手くいくから。」
いつも通りに笑えてるかな。
大丈夫だ、笑えてる。
「うん…ありがとう姫鬼ちゃん!」
そんな、嬉しそうに、幸せそうに、笑わないでくれ。
その笑顔を向けられていい私じゃ、なくなりそうなんだよ。
ああ、とっても、居心地が…。
「しーずーきーさあああああんっ!!!!!!!」
背後から隣の水色を呼ぶ大声が聞こえる。
「あ、空夜君。おはよう。」
「しずっ静鬼さんに挨拶を!返してもらっ!!!めっちゃうれしいですありがとうございます!!!!」
「うるさいよ空夜君。」
「はい!!!!!!!喜んで!!!!!!!!!」
突然始まる茶番みたいなやり取りに、かみ合わない会話に、ほっとした。
良かった。
余計なこと考えなくて済んだ。
そういえばこいつ、初めて戦った時から静鬼に一目惚れしたんだっけか。
静鬼に反応もらうたびに本当にうれしそうな顔して。
こんなに一方通行なのによくめげないよな。
こうも真っ直ぐだといっそ清々しい。
けど、邪魔だな。
静鬼には早く瑠鬼とくっついてほしいから、お前はちょっと邪魔なんだ。
まあ今だけはこの馬鹿に感謝しよう。
本当にありがとう。
「うるさいぞ闇風。ほら静鬼、早く行こう。」
「あ、そうだね。ばいばい空夜君。」
そう水色が言い終えるのと同時に、学校へと走り出した。
「えっちょっ静鬼さん!!!!!!????」


初めて好きな人ができたの。
太陽みたいに明るくて、温かくて、とっても優しいの。
一緒に話しているだけで楽しいの。
そんなあなたともっといっぱいいっぱい。
一緒にいたいって思うのは、普通のことだよね?
絶対上手くいくからって、応援してくれた赤色の友達がいて。
最近は私なんかのことを慕ってくれる、緑色のお友達もできたの。
これで黄色の貴方の傍に寄り添うことが、もしも出来たなら。
もしも叶ったなら。
ふふ、ちょっと幸せすぎるかな。
毎日がふわふわしてて、とってもとっても、居心地が良いの。
こんな日がいつまでも続けばいいな。
みんな大好き。
幸せすぎておかしくなりそう。
こんなに幸せでいいのかな。
ううん、私だけじゃなくて、きっとみんな同じだよね。
そうだ、今度みんなでお出かけしよう。
お揃いで何か買いたいな。
ああ…。
黄色の貴方の隣に。
はやく。
はやく。

何にも知らない顔して。
幸せな世界に生きて。
羨ましいよ。
こんなに、こんなに醜くてまっ黒くて、吐き気がするような世界に。
思わずお前をぶち込みたくなるくらい。
やめろ。
こんなこと考えたくなんかない。
綺麗な水色を、想像もできないような絶望に落とせたら。
やめてくれ。
そんなの。
そんなの考えたくなんかないのに。
壊れてしまえ。
苦しめばいいのに。
その笑顔を、こっちに向けないで。
何も考えたくない。
こんなのあんまりじゃないか。
だけど物語はこれを望んでる。
何で私なんだよ。
私を見て笑ってんだろ。
楽しいか、面白いか、滑稽だろ?
思い通りなんかに、絶対なりたくない。
綺麗な水色を、傷つけることだけは。
静鬼は絶対に傷つけないでみせる。


ああ、でも、だけど。



……………………………これも。

「俺は静鬼さんが好きだ。」
「知ってる。」
「だったら何で止めるんだよ。」
「知ってるから止めるんだろうが。」
賑やかな校内の、わずかな静けさに包まれた一角で、私はこいつを抑えてた。
「静鬼は瑠鬼が好きなの、お前は邪魔なの。はいわかる?」
水色をはやく黄色の隣におしやりたいんだ。
「そんなのお前がどうこういう事じゃねえだろ。俺は静鬼さんがあのキンキラ頭が好きでもいいの。静鬼さんがすーきーなーの!」
「キンキラ頭って…小学生みたいなネーミングセンスだな…。」
「そっそこは関係ないだろ!!」
「だいたい、お前敵だろ。敵が敵に恋してどうすんだよ。」
「それは……何とかなる!」
「ならない。」
「何とかするの!!!」
まったく、本当に小学生みたいな…。
「いいから諦めろよ。どうせ叶わないんだし。」
軽くあしらって、なおも諦めを促す。
やっと黙り込んだかと思い、彼の顔に目を落とし…。
「っ…!?」
鋭い視線が、私の心を貫く。
まるで、責め立てるみたいに。
やめろ、見るな。
その目で私を見るな。
「…なんで、そうまで静鬼さんと瑠鬼をくっつけたいんだよ。」
先ほどまで交わしていた会話とは、まるで違う。
言葉が鉛のように重い。
「そりゃあ…友達の恋を…応援してるからだろ…。」
痛む腹から、声を絞り出す。
そう、私は水色の恋を心から。
応援、してるんだ。
本当に、心から。
大切だから。
「違うだろ。」
痛い。
体が、心が、軋むように。
やめろ何も知らないくせに。
やめろ。
「違くなんかない!!!!!!私は!!!!私は、本当に…。」
「だってお前」
それ以上、言うな…。
「瑠鬼のこと、好きじゃん。」
違う、違うんだ、知らない。
そんなこと知らない。
何も聞こえない。
「好きなんかじゃ…。」
「そんなに辛いなら、こっちにくれば。俺は静鬼さんと、お前はあのキンキラ頭と。」
やめてくれよ…そんな言葉聞きたくなんかない。
「それでハッピーエンド、だろ。」
気づいたら走り出してた。
あの場から、無性に逃げたくて。
知らない、見えない、聞こえない。
気づかない。

息を整えて、そっと教室に入る。
水色と、緑色が、黄色を囲んで楽しそうに話している。
いつも通りの光景。
「つまりなるほど。正解はエレベストだな!」
「るーくん、それを言うならエベレストだよ!」
「そしてこの問いの正解はアンデス山脈です。」
「はああああ!???!?!?!?」
ああ、そっか。
瑠鬼はそろそろ地理の再試か。
相変わらず瑠鬼は馬鹿だなあ。
楽しそうだな。
仲良いな。
ああ…いつものことか。
今更か。
「あ、姫鬼!」
なんだかなあ…。
あーなんか頭いてえなあ。
「ひーめーきー?」
なんか…あれ?
瑠鬼が2人に見えるような…。
「姫鬼ー!姫鬼―???」
瑠鬼の声か。
ああ、なんか…真っ暗。
「姫鬼!?姫鬼!!!!!!!!」

温かい。
ふわふわしたものに包まれている。
疲れ切った心を、癒してくれるみたいに。
…え?
目の前には真っ白な天井。
ベッドに横たわる自分。
ここは…?
私は一体何をして…。
「お、目覚めたか!」
聞きなれた声が、隣から聞こえてきた。
「…瑠鬼?」
なにがなんだかまったく…。
「お前、教室戻ってきたと思ったらいきなりぶっ倒れちまってよ、急いで保健室に運んだんだよ。」
倒れたって…?
そういえば空夜と話してて…そっか、逃げ出して…教室に戻ったら瑠鬼が静鬼と真鬼と話をしてて…。
それでいきなり意識が遠のいて…。
情けないな。
「…そうか。瑠鬼が運んでくれたのか?」
「ああ、まあな。」
「…重かっただろ。ありがと。」
笑いがこぼれる。
「別にそんな重くもなかったぜ。」
お世辞いえるんだな。
瑠鬼のくせに。
なんだか、とても温かい。
心が安らぐ。
「瑠鬼のくせにお世辞なんか言ってんじゃねえよ。ばーか。」
「別にお世辞じゃねえよ。あ、あれじゃねえかな。軽い代わりに胸がな…。」
「それ以上言ったらあらぬ方向に関節曲げるぞ。」
「うわあ怖い怖いごめんなさい姫鬼さーん。」
「ったく、これだから瑠鬼は。」
本当に、こいつと話してると思わず笑っちゃうんだから。
これだから私はこいつのことが…。
「…瑠鬼、再試あんじゃねえの。さっさといけよ。」
違う。
勘違いするな。
この笑顔は私のもんじゃない。
「え、あ、ああああああああやっべ、忘れてた。ありがとな姫鬼!」
「おう。さっさと行って来い。」
こいつは私のものにはならない。
「じゃ、お大事に。無理すんなよ姫鬼!」
やだ。
やだ、待って。
いつの間にか制服の裾を掴んでた。
「?どうした、姫鬼?」
「え、あっ。」
言われて気づいた。
何をしてるんだ私は。
すぐに手を放して、笑顔を繕って。
「いや、ゴミついてたから、とっただけ。」
笑顔がひきつる。
気づかないで。
「そっか…?なんか、まだ顔色悪いぞ?」
触らないで。
「何でもない」
こっちに来ないで。
「何でもないから…早くいけよ。」
「いや、でも」
優しくしないで。
「いいから!!!!!!!!」
声が、白い部屋に響き渡った。
「はやく、いけって。」
できそこないの笑顔を向ける。
「お前やっぱおかし…」
言いかけた時だった。
勢いよく扉が開いた。
「るーくん?再試始まっちゃうよ~!!」
恐ろしいぐらいのタイミングの良さで、水色がやってきた。
「あっ姫鬼ちゃん起きたんだ!よかったぁ…いきなり倒れるからびっくりしちゃったよ。」
「ああ、ごめんな心配かけて。あとちょっと寝たら全回復って感じ。それより瑠鬼早く再試いけよ。」
「え、あ、えっ。」
「留年するぞー。」
勢いよくまくしたてる。
「そうだよ。はい行く行くー!」
静鬼が瑠鬼の腕を掴んで、ずるずると引きずっていく。
そう、それでいい。
「姫鬼ちゃんお大事に!」
「ああ。」
そうやって私の前から持って行け。
どっか、目の届かないところで、二人っきりで。



to be continue.....?

*********************
あとがき
だいぶ更新遅れましたどうも申し訳ないです。
書いてるの楽しすぎて姫鬼ちゃんが心の中でまぢゃみ。。。なシーンを大量に書いてしまうという事案が発生(´_ゝ`)
声を大にして言っていないfiendの大きな秘密、頭の隅で考えながら読んでいただけたら幸いです。

ちびみみ

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fiend 第5章 日常

「fiendって…なんだか分かりますか?」

fiend 第5章

「えふ、あい、いー、えぬ、でぃー?それって何?英単語?」
水色の少女は緑色の少女の質問に質問で投げ返す。
「そうかな、と思って一応調べてはみたのですが辞書にもネットにもそんな単語存在しないんです…。」
真鬼はため息をつきながら首を傾げた。
話を聞いていた赤色の少女も口を開いた。
「ていうか、それどこで聞いたんだ?ただのスペルミスじゃねえの?」
少しためらった後、真鬼は声のトーンをわずかに落として話し始めた。
「このゲームに参加した時…目の前に参加しますか…って文字が見えて…それで参加するって言ったとき一瞬映って…だから一体何なんだろうって思って。」
低い声で姫鬼が返答した。
「本当に…スペルミスじゃないんだな…?」
「はい…絶対に。」
「そっか…。」
「おいおいおいおいおい!!何言ってんだよお前ら!」
少し流れた重たい空気を、黄色い男がきれいに破った。
「何だよ、うるっせえな瑠鬼。」
「お前ら馬鹿じゃねえの?お前それfindだろ???意味は見つける!ったく、そんなのもわかんねーのかよ~。」
「それfiendじゃなくてfind。馬鹿じゃないですか雷坂さん。」
真鬼の一言にとどめを刺され、馬鹿の代表雷坂瑠鬼はあっけなく散った。
姫鬼の「勉強しろ馬鹿」と、静鬼の「るーくんだめだね~そんなんじゃまた赤点とっちゃうよ~」の言葉に追い打ちをかけられ精神状態はズタボロだ。
まあ、結局は姫鬼の「気にしなくていいんじゃねえの?」という一言でまとまった。

そして姫鬼といえば、ちょっとこんなお話。


「武器ねえ…私は水蒸気とか水をかき集めて凝縮凝固させて剣に変えて使ってるよ~。」
「ということはほかの形状にも変えられるんですか?」
あの日見た静鬼の剣はどこから持ってきたのか疑問で仕方がなかった真鬼の質問であった。
そしてそれは静鬼のそれだけではなく。
「姫鬼さ…姫鬼の銃は…?」
姫鬼は少し目を泳がせながら答えた。
「あ、ああ…あれは…普通のおもちゃの銃…に火を固形に凝縮して作った弾丸を込めてうってるかな…。」
めずらしく動揺している姫鬼をみて、真鬼は違和感を覚えた。
「…本当ですか?」
「ああ…もちろん。」
「…おもちゃの銃なんかがそんな弾丸の発砲に耐えきれるのでしょうか…?一発で銃本体が壊れるのでは?」
「うっ…。」
姫鬼は目をそらす。
「何を隠しているんですか…?」
「あーあの…その…。」
「お兄さんが姫鬼ちゃん用にカスタマイズしてくれたんだよね~?」
「なっ!」
突然水色の声が入ってきたうえ真実を暴露された姫鬼は驚きを隠せない。
そして真鬼も。
「姫鬼さ…姫鬼ってお兄さんがいたんですか!?初耳です…どんな方なんですか?」
「あーいやーなんかあれはただの銃マニアっていうか…みせられたもんじゃないっていうか…。」
口を濁すような話し方ばかり。
「一人の人間のために専用の銃をカスタマイズなんて…すごいですね…ん???」
一人感嘆していると、あることに気が付いた。
「それってあのもしかしてもしかすると銃刀法違は…」
「いうな真鬼!それは…それはいっちゃあいけない…禁句ワードだ考えちゃいけない分かったかわかったら口を閉じろ私は何も知らない何も聞いてない。いいかわかったなよし今から忘れろさっきのことは忘れろついでに私に兄貴がいたことなんて記憶から抹消しろ理解したな?わかったな?言ったからな???」
「ははははっははいわかりましたわかりましたから落ち着いてください姫鬼!」
迫りくる姫鬼の顔面が今にもぶつかりそうな勢いで、真鬼も真鬼とて焦りで目が回る。
静鬼は隣で笑いながら写真をとって…。
「いやいやいやいやいやいや!!いや!?なんで??なんで写真撮ってるんですか????」
「あはははー愉快だなーと思ってさ。」
「愉快って愉快じゃないっていうかなんて言うか姫鬼とりあえず顔怖いから落ち着いてくださいー!!」




これは、私たちの、まだ幸せだったころの小さなお話。
歯車は少しずつ動いている。
少しずつ、少しずつ。
そしていつの間にか訪れる。
切り取った世界も戻らない。






第5章 完




あとがき
長いこと放置に放置を重ねて放置をこじらせていましたfiend本編です。
もうたるすぎてすごい適当なことになっているんですけど学校とか部活とか勉強とかいろいろ忙しくてもうぎゃーwwってな感じです。
次回の更新はいつになることやら。
閲覧ありがとうございました。


To be continued.....?