fiend 第6章 後編-上-

私はあの時、何と声をかけてあげられただろう。

私はあの時、どうするべきだったんだろう。

私はもう、戻れない。


fiend 第6章 後編-上-

息が苦しかった。
呼吸の仕方を忘れたみたいに、上手く吸えなくて。
正直な話、最初は何が起こったのか分からなかった。
一撃まともに食らっちゃって、その場に倒れこんだ。
そしたら真希ちゃんが大きな声で私の名前を呼んだ。
すぐに応急処置をしてくれて、そしたらるーくんも、走って私のもとに来てくれた。
体が感覚を取り戻して、周りに目をやると、見慣れた赤色が立ち尽くしていた。
思えばあの時、彼女の肩は震えていたかもしれない。
声は、少し枯れていたような気がする。
潤んだ瞳で、私を真っ直ぐ見てた。
言葉を叫んで、想いを吐いた。
ずっとずっと溜め込んでいたものを、口から零した。

何を言っているのか分からなかった。
何を言われたのか分からなかった。
分からなかった。

そうして最後は不器用に笑って、今まで見せたことのない涙を、たくさん。

たくさん流してた。



「はい、お茶。」
男子高生らしい低めの声が、湯気の立ったコップを渡してくれた。
少しぼーっとした後、やっと「ありがとう」と言葉を話せた。
声が聞こえなかったとかそういう訳ではなく、彼が私に”コップを渡してくれた”という事を認識できていなかった。
まるで映画でも見ているかのような気分で、自分には関係のない事柄なような、そんな感覚。
コップの中にある暖かな液体を、じっと見つめる。
「…結構片付いてんだ。いやまあ、あいつが居るんだしそんなもんか。」
コップの中に視線を落としながら、独り言のように呟いた。
「失礼な、言っておくけど姉ちゃんより俺の方が綺麗好きだし。ていうか、俺が掃除してるんだからな」
私の言ったことが少し気に障ったようだ。
不満げな声で、軽く怒られてしまった。
「ん、ごめん。お前が片付けてんだ…なんか意外かも。」
部屋の掃除をしている空夜を想像すると、笑いが零れた。
想像してみると、なんだか掃除機とか…たわしとかが似合うような気がする。
「なんだ、笑えるんじゃん。死にそうなくらい落ち込んでるから、どうしようかと思った。」
ほっとしたように、柔らかく微笑みかけてくれる。
その顔に、冷えた心も少しだけ温かさを取り戻した。
「心配してくれてたんだ。ごめん、いろいろと。」
「別にいいけどさ。今日から晴れてお仲間なわけだし、とりあえず…いらっしゃい?」
首をかしげつつ、穏やかな声音で歓迎の言葉を与えてくれた。
「あー…ありがと。…お邪魔します。」
本当にこれでよかったのだろうか。
心の中で、「あーあ」なんて言ってる自分がいる。
何にしても、もう引き戻せない。



あの時、それは現れた。
最初から分かっていたみたいに。
待ってましたとでもいうかのような、そんなタイミングで。
目の前に、そう、文字通り目の前に。
そして頭の中で機械みたいに冷たい声が響いた。
「条件が満たされました。陣営選択が可能です。守備陣営にとどまる場合は"はい"、殲滅陣営へ移行する場合は"いいえ"とお答えください。」
この時ちょっとだけ、躊躇いはあった。
けれど、"はい"と答えるには少し。
いや、かなり。
荒れた心にそんな余裕はなかった。
全てが憎らしかった。
全てが妬ましかった。
だけど、喉に何かが詰まってるみたいな感覚があったから。
掠れた声しか出せなかった。
掠れた声で、「いいえ」を零した。
簡単だと思った。
世界の運命を変える選択にしては、余りにもあっけない。
こんなにも簡単に、あっちに行ったりこっちに行ったり、そういう事が出来てしまう。
でもきっと、もう戻れない。
私が戻りたくなったって、戻る場所なら今壊した。
この口で、この声で、この心で。
唖然とした顔が、目の前にある。
しっかり見えてるさ。
大好きだった、大好きで、大切だったひとたち。
さようなら。



水流静鬼は焦っていた。
顔は青白く、冷や汗が頬を伝っている。
分からなかった。
いや、分からないでいたかった。
本当は分かっていた。
心のどこかで分かっていたのに、幸せを壊したくなくて、知らないふりをした。
目を背けた責任は、何倍にもなって彼女にのしかかる。
体を震わせて、涙を流して、「ごめんなさい」とか、「私のせいで」とか、そういう事をずっと、呟き続けていた。
目を背けていたのは、私も同じだ。
時の流れなんて、不確かなものに任せた。
気づいていながら目を伏せていたのは、私も同じだ。
私達は、償う必要がある。
彼女にすべてを押し付けた、その代償を支払う必要があるんだ。
泣いて、震えて、呟いていたって、何も変わらない。
一歩を踏み出した。
震えた手で、震えた体を抱きしめた。
いたたまれない彼女の姿。
これ以上は、見ることだって辛い。
「…だけど、姫鬼はもっと辛いから。」
小さく、だけどしっかりと声に出した。
「姫鬼が耐えてくれれば、争いごとにもならず、事は収まるって思ってました。一時の恋愛感情なんて、いつかは薄れるって。」
呻くような泣き声が、少しだけ大きくなる。
「”いつか”なんて、ただの甘えだった。ちゃんと、向き合わなくちゃいけなかったんです。」
嗚咽が聞こえる。
「こんな、自分勝手な感情を押し付けた。その罪は、ちゃんと支払わなくちゃ。姫鬼、きっと泣いてる。」
肩が濡れる。泣き声はどんどん大きくなっていく。
「本当は姫鬼だって、こんな事がしたかったわけじゃない…そうに決まってる。本当にこれでいいんですか、こんな風に別れていいんですか。」
少しだけ声を荒げた。
「ちゃんと向き合って、お互いに言いたいこととか…そういうの、なんかよく分かりませんけど、話し合わなくていいんですか。」
上手く言葉が紡げなくて、涙が滲んでくる。
私の背中を、細い腕が、ぎゅっと掴んだ。
強く、強く掴んで、息を吸った。
「よくない」
小さく呟いて、もう一度息を吸う。
「いいわけない!!!!」
今度は大きな声で、大粒の涙をぼろぼろ零しながら、思い切り叫んだ。
「…いいわけないじゃん、そんなのあってたまるか。私、私本当はなんとなく気が付いてたの。でも、全部が上手くいってて、幸せだった。壊れるのが怖くて、怖くて、だから何も言えなかった。姫鬼ちゃんが耐えてるの、分かってたはずなのに。こわかった、こわかったから…馬鹿だ、最低だ、わたし、私酷いことした。応援してくれてるって思って、甘えてた…。謝りたい、ごめんねって言いたい。ちゃんと、ちゃんと面と向かって、謝りたい!!」
お世辞にも、今の彼女の顔は綺麗とはいいがたいだろう。
それでも彼女の弱さが、人間らしさが、痛いほど心に刺さった。
そういうところはやっぱり、とっても綺麗な人なのだと思う。
強く抱きしめ返す。
「取り戻そう。これはやっぱり、自分勝手な思いかもしれませんけど、でも、こんなのってないです。会って、謝って、もしも、もしも許してくれるのならば、もう一度…!」
こんなのは感情の押し付けだ。
分かってる。
でも、姫鬼は一生懸命頑張ってたに違いない。
大切だから、我慢しようとしたんだと思う。
自分が耐えれば、そう思って身を引こうとしてくれてた。
きっと、自分の色んな感情と必死に戦ってくれてた。
一方的な押し付けだとしても、今まで見て見ぬふりをし続けてきた分、今度は、彼女に何かを伝えなくてはいけないと思う。
こんなすれ違いの想いに何の意味があるだろう。
お互いに、誰もいない場所へ、ボールを投げ続けているみたい。
そんなのはもう御免だ。

「瑠鬼、あいつらの家、どこか分かりますか?」
抱きしめていた腕をそっと引いて、ずっと立ち尽くしていた黄色の彼に声をかける。
「へっ!?あ、えっと、ごめん…わかんない…。」
まあ期待はしていなかったけれど、でもこれじゃ会う事も出来ない。
「そこらを歩いているとは思えないし…自宅に帰ったとも思えない。やっぱりあのアホ毛の家だと思うけど…場所が分からなくちゃ意味ないですね。」
顎に手を当て、どうしたものかと考える。
行き詰ったと感じていたその時、彼女は現れた。
すっかり油断していた…よく考えればこっちは弱ってるわけだし狙うのは当然だったか。
慌てて杖を構えた。
「そう警戒しないで頂戴。別に戦おうってわけじゃないわよ。むしろ、あんた達を助けてあげようっていう優しい心意気で、ここにいるんだけど。」
予想外の人物が、これまた予想外の言葉を発した。
助ける、今彼女は、闇風空華はそう言った。
「どういうつもりだ。」と、私が言おうとした時、それよりも早く黄色の彼に同じセリフを吐かれてしまった。
大きな背中が、私と静鬼の前に立った。
まるで庇うみたいに。
「どうもこうも、会わせてあげるって話よ。」
笑うような声。
「そんなこと、する義理ないだろ。怪しいにもほどがある。」
力強く、黄色はそう言った。
「義理?そうね、義理はないわ。」
次の瞬間、彼女は酷く不満そうな顔で私たちを睨み付けた。
「ただね、すっごく迷惑なの。」
吐き捨てるような、そんな言い方。
「空夜は…優しいのよ。余りにあの子が可哀想だから、逃げ道を用意してあげちゃったの。だけどね、私は迷惑。迷惑極まりないわ。いつ裏切るともわからないやつを、今更仲間にですって?冗談じゃないわ。だから、そっちがその気なら返すって言ってるの。わかる?何だったら殺したっていいけど、どうするの?」
酷い言い草ではあるが、その言葉に偽りは感じなかった。
そう確信できるほどに、彼女は心底迷惑そうに言ったから。
「だったら案内して。私だって空華ちゃんのところに、姫鬼ちゃんはあげられない。さっさと連れて行ってよ。」
さっきまで泣きわめいていた水色は、腫れた目で空華を睨み付け、そう言い放った。
「…ついてきて。」
明らかに苛立った顔で水色を睨み返しながら、一言だけ残してすたすたと歩きだした。
そして誰よりも早く、水色はその背を追いかけた。




to be continue.....?
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あとがき
まずは本当に、本当にごめんなさい。
収まりませんでした。
おさま、収まらなかったって言うか、キリがいいからとりあえずここで区切りました。
もしも更新待っていた方がいましたら、遅くなったことと、次回もまた遥か遠いいつかの更新になるであろうことを謝罪いたします。
次回、次回は、6章を終わらせてみせます…勘弁してください。