fiend Side Story -瑠鬼-

fiend Side Story -瑠鬼-

 

 

「いい子にしてね」
かつて"母"と呼んでいた人は、そう言うと大きな荷物を手に家を後にした。
鈍い音を立てて閉まる扉。
そういえばいつ帰ってくるのだろう?
早く帰ってくれると嬉しい。
ここにいたってする事もなし、リビングへ向かいテレビをつけた。
録画してあった特撮ヒーロー番組を見ようとしたが、そういえば俺にはどうやって見るのかよくわからない。
とりあえずリモコンをポチポチと適当に押してみたが、なかなかうまくいかなかった。
いい子にしてねと言われた手前、早々にテレビを壊してしまいそうで怖くなった俺は、テレビは母が帰ってきてからにしようと諦めた。
今度はおもちゃの置いてある部屋に行き、怪人ととびきり大好きなヒーローのフィギュアを取り出した。
「まて!そこまでだー!これ以上は俺が許さないぞ!」
ガチャガチャと、ひとり、フィギュアで遊ぶ。
けれど…ひとたびこの遊びが終われば、静まり返っただだっ広い家の中が酷く恐ろしく感じた。
お母さんはまだ帰ってこないのかな。
フィギュアを手に、玄関へ。
うんともすんとも言わぬ扉を前に、そうだ、ここでお母さんを待っていよう。
この扉が開いたら、「おかえりなさい!」と出迎える。
「ただいま」と微笑む母の顔を思い浮かべて、大好きな特撮ヒーローのメインテーマを下手くそに歌っていた。



目を開けると、扉の隙間から夕陽が差し込んでいた。
母の出迎えをしようと、玄関で座って待っていたはずだが…そうか、いつの間にか眠ってしまっていたのか。
もしかしたら、俺が寝ている間に帰ってきたかもしれない。
「おかあさーん」
大きな家の中に、俺の声が響き渡った。
「おかあさーん?」
返事はない。
もしかしたらお母さんも寝ているのかもしれない。
そう思って寝室を覗いてみたが、誰もいない。
リビングを、洗面所を、トイレを、子供部屋を。
家中の部屋を片っ端から見てみたが、やはりどこにもいなかった。
まだ帰っていないのか。
寂しさがこみ上げてきて、どうしようもなく泣きたい気持ちに襲われた。
だけど俺は男だから、こんな事で泣いたりなんかしない。
目を乱暴に擦って、空きっ腹を満たそうとキッチンへ向かった。
いつも朝ご飯に食べているシリアルを見つけると、お皿の上に開けて、牛乳を注いだ。
零さないよう気をつけてテーブルへ運ぶと、両手を合わせて「いただきます!」。
俺はいい子なのだからこのくらいの事は一人でできるのだ。
かき込むように食べ終えると、再び手を合わせて「ごちそうさま」。
使ったお皿は洗わなくてはいけない。
スポンジに洗剤をつけて、お皿を洗う。
普段あまりやらない事で不慣れなものだから、不意に手を滑らせてしまった。
大きな音を立てて落ちたお皿は、見事に割れた。
「…あ。」
まずい、とっさにそう感じた。
怒られる、と。
とにかくどうにかしてこのお皿を隠さなくてはならない。
引き出しから袋を取り出して、慌ててお皿をつかんだ。
瞬間、指先に衝撃が走る。
「いたっ…!」
お皿の破片で、指を切ってしまった。
あまりの痛みに涙が出そうになったが、必死にこらえる。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ…いだぐない…い…いたくない…」
己に言い聞かせて、今度は絆創膏を取りに行った。
震える手で絆創膏をはると、また割ってしまったお皿を片付けるためキッチンに戻った。
今度は気をつけて、慎重に慎重に取り除くと、破片を入れた袋を固く結んで、ゴミ箱の中にポイと捨てた。
これできっと気づかれない。
だけど皿を割ってしまったという罪悪感から、しばらくはキッチンでしゃがみ込み続けていた。
ずっと一人でいると、退屈だし、何よりとても寂しい。
大好きなヒーローのフィギュアを持って、改めて玄関に向かった。
座り込み、扉をじっと見つめる。
数秒後にこの扉が開かれて、母が「ただいま」と、そう言ってくれるのではないかと淡い期待を抱き続ける。
外はすっかり暗くなっていて、電気もつけていなかった玄関が、不気味な静けさと嫌にマッチしている。
もしかしたら寝ている間に帰ってくるかもしれない。
これ以上ここにいたくないと思った俺は、いつもは母と二人で寝ているベッドに入り、そのまま眠りについた。


朝だ。
その日は雨だった。
そうだ、お母さんは?
寝ぼけ眼を擦りながら、母を呼び、家の中を探し回る。
どこにもいなかった。
昨日と同じくシリアルを食べると、玄関に腰掛け、母の帰りを待った。
だけど待てども待てども、「ただいま」と、そう微笑む母の顔は現れなかった。
本日三度目のシリアルを食べ終え、暗くなった玄関をじっと見つめてから、仕方なく床につく。
隣に誰もいない、自分一人では大きすぎるベッドが寂しさを引き立てた。


次の日、ピンポンという音に目を覚ました。
急いでベッドを抜け出して、玄関へ走った。
「おかあさん!!!」
勢いよく開けた扉の先には、知らないおじさんが数人立っていた。
「おっと…危ない危ない。君、雷坂瑠鬼くん?」
誰だろう、この人は。
ただ、怖かった。














これは後から知ったことだが、近所のおばさんが「雷坂さんのとこの奥さんが、この前大きなバッグを持って家を出て行ってね。それ以来まるで見かけないものだからもしかしたらと思って…。」そう言って警察に電話をしたそうだ。
結局、母は帰ってこなかった。
警察の人はどこに行ったのか少しは調べてくれたけど、結局失踪という形で捜索は打ち切られてしまった。
「捨てられたのかねぇ…」「可哀想に」おとなたちが勝手なことを言って、俺にわけのわからない同情を投げかけてきた。
聞こえない。
全部聞こえない。
最後に母が残した言葉だけが、胸に深く刻まれていた。
「いい子にしてね」
親戚という親戚はおらず、俺は孤児院に行くことになった。
孤児院では、大人の人がこう言った。
「今日からここの家族になる、雷坂瑠鬼くんです。瑠鬼くん、みんなと仲良くね。」
俺は元気な声で「はい!」と、そう応えた。